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再考!日本映画
第12回 映画評論家 日本映画学校校長・佐藤忠男

佐藤忠男氏
映画評論家・日本映画学校校長
佐藤忠男 氏

娯楽性や芸術性だけじゃない。映画においては情報性も重要なんです 「世界全体の映画を観たい」「ただひたすら、知らないことを知りたい」という尽きせぬ好奇心で、77歳の今なお精力的に活動する映画評論家・佐藤忠男が語る日本映画

50年以上にわたり一線で活躍し続ける映画評論家の重鎮・佐藤忠男。常に同時代の日本映画に対し発言を続けながら、アジア・アフリカ・中東圏などの映画も積極的に紹介してきた氏は、韓国王冠文化勲章、フランス芸術文化勲章を受章するなど国際的評価も高い。その100冊を超える著作の中でも重要な位置を占めるのが、書き下ろし2千枚、全4巻の大著「日本映画史」だ。20年の歳月を費やしたこのライフワーク的大著で、誕生前史から現在までの日本映画を記述した氏が、映画史的文脈から現在の日本映画、映画批評の盛衰、そして映画批評家としての矜持を語る。

日本映画のプログラムピクチャー的成功

かつて大手映画会社は各社専属の映画スターを抱えていて、大衆の好みに合わせてそのスター主演の映画を企画、当たりを取れば続編を製作するプログラムピクチャーで隆盛を極めたんです。いわゆるスターシステムと呼ばれるこの方式から、例えば加山雄三の若大将、勝新太郎の座頭市、市川雷蔵の眠狂四郎、高倉健や鶴田浩二の任侠物などの安定した人気シリーズが生まれた。当時の観客はポスターに印刷されたスターの顔から内容を想像し、そしてスクリーンで期待通りの映画を観て満足していたわけです。マンネリと言えばマンネリだけれども、各映画会社の経営は非常に安定していた。しかし撮影所の崩壊でその安定が失われて、日本映画は斜陽化したんです。でも最近の日本映画は、かつてのように宣伝を見て内容の見当が付く作品が多くなってきましたね。それは通俗と言えば通俗だけど、でもその通俗は経営の安定に繋がる。だから、現在の日本映画はプログラムピクチャー的に大衆の好みに寄り添い通俗を徹底した結果、成功したと言えるかも知れない。ただ日常的にTVで目にする今の役者に神秘性はないよね。かつての銀幕のスターは、オーラだけが存在していて実物がいると変な気がする、浮世離れしたお化けみたいな存在だったから。昔、入江たか子がレストランでお金を払ってるのを偶然見た時は、入江たか子もお金払うんだって驚いたもんです(笑)。

そのように興行的安定を回復する大作の傍らで、挑発的な題材を扱った小品も日々公開されるようになっています。特にドキュメンタリーの分野には、注目すべき作品が少なくない。大陸残留兵の戦後補償の問題を扱った『蟻の兵隊』、1997年に廃鉱となった日本最大規模の三池炭鉱の150年にわたる歴史に7年越しの取材で迫る『三池 終わらない炭鉱(やま)の物語』、日中戦争における元皇軍兵士の加虐行為を当事者自ら語る『リーベンクイズ/日本鬼子 日中15年戦争・元皇軍兵士の告白』なんて、昔は劇場公開なんて考えられなかった映画ですよ。これらを観ることで、我々は未知の情報に触れることが出来る。公開規模という意味ではマイナーなこれらの映画が表現の幅を広げ、長い目で見れば社会を動かしていくこともあるんです。映画にとって重要なのは娯楽性や芸術性だけじゃない。情報性も重要なんですよ。例えば今問題になっているイラクについて、我々はほとんど何も知らない。でもイラク映画を観て、その中のイラク人が幸せそうな顔をしているか苦虫を噛み潰してるか、それを観るだけで発見がある。そしてこうした作品を一般の人の目に触れさせるために、批評の言葉が重要なんです。

映画批評の盛衰

ただ現在の日本において映画批評の有効範囲は、残念ながらミニシアターのレベルに限定されている。全国規模のロードショー作品に関しては、TVCMの物量が決定的だからね。 その意味では暗い時代ですよ。何せ昔はあの黒澤や小津だって批評を気にしてたんですから。私が『映画評論』という雑誌に発表した松竹大船批判の論文を、松竹首脳部が問題視したこともあったんです。その私の論文に対して当時まだ助監督だった大島渚が反論を執筆し、我々若手を一線で活躍させればいいと結んだ。その議論もあって彼は異例の若さで監督に昇進し、松竹ヌーヴェルバーグの先陣を切ったんです。つまり映画批評の活気が、日本映画の新しい潮流を生むことさえあったんだ。

ハリウッドのグローバリズムから離れて

その大島渚はハリウッドで映画を撮ろうとして何年もいたずらにエネルギーを消耗し、黒澤明も『暴走機関車』と『トラ・トラ・トラ!』でハリウッド進出を狙い、大きな挫折を経験しましたよね。しかし最近になって、不意に清水崇や中田秀夫といったホラー映画の監督たちが怪談物をハリウッドに持ち込んで成功した。日本人のハリウッド進出ということで、マスコミはしきりに騒ぎ立てましたよね。批評によって日本映画に伴走していた若い頃の私は、日本映画がアジアを代表しなければとか、世界で覇を唱えなければとか考えていましたよ。でも黒澤や溝口、小津が確固たる国際的評価を獲得した今は、そういうのはもういいんじゃないかと思ってます。私にとっては、ハリウッドを支配しようとした偉大な先人は弾き返され、怪談という日本の大衆文化を携えていった職人は受け入れられた現実を見て、歴史と言うのは意外なものであるという発見があって面白かったね。

つまり現在の私はハリウッド映画も日本映画も、世界映画の一マイナージャンルと捉えているんです。身も心も奪われてしまうと、ハリウッド的な観点から世界を見るようになる。でも私はそうならず

佐藤忠男氏プロフィール

1930年、新潟県生まれ。「映画批評」「思想の科学」編集長を経て、62年映画評論家として独立する。以降映画を中心に、演劇、文学、大衆文化、教育と幅広い分野にわたり執筆活動を展開。「日本映画史」(全4巻)、「日本映画の巨匠たち」(全3巻)「世界映画史 上下」など代表作は多数だ。勲四等旭日小綬章、紫綬褒章、芸術選奨文部大臣賞、韓国王冠文化勲章、フランス芸術文化勲章シュバリエ章等数々の賞を受賞。また、日本映画学校の理事・校長として、後進の育成にも尽力している。

に、どれだけ自分の感受性を柔軟に保てるかにこだわりたい。その柔軟な感受性で、他人が認めないものに価値を認めるのが批評家の仕事ですから。例えば私が批評家としてデビューした頃は、大衆映画論者だったわけです。喜劇王エノケンとか、長谷川伸の股旅ものが面白いとかね。そういうことを言う物珍しい新人として認められた。その次はアジアの映画が、近頃は学生映画が面白いなんて言ってる。平凡に見える映画の新しい見方を提示して、それを読んだ人が納得してくれれば、自分で書いたことに値打ちがあったことになります。映画批評家としてそういうことをずっとやってきたし、これからもそうありたいね。
(月刊DVDナビゲーター2007年8月号より転載)

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