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再考!日本映画
第7回(株)荒戸映画事務所・荒戸源次郎

荒戸源次郎氏
(株)荒戸映画事務所
荒戸源次郎氏

観客の視線に触れて初めて、フィルムは映画になる。 その作品製においては、世界どころかアジアでも更新国に凋落したと、日本映画を現状を認識する荒戸氏が、最新作「ゲルマニウムの夜」と映画館・一角座で世に問うものとは

全編総“清順”色、エアドーム型移動映画館による全国巡回という祝祭的かつゲリラ的興行により、「大正浪漫三部作」のスタートを高らかに宣言した『ツィゴイネルワイゼン』。世界前哨戦での壮絶KO負けから意識不明の重態に陥り現役引退した“浪花のロッキー”赤井英和主演で引退した元日本チャンピオンのカムバックを描き、主人公のKOパンチとセコンドのタオル投入が重なるラストで新たな才能の到来を鮮烈に告げた阪本順治デビュー作『どついたるねん』。そして14ヶ月のロングランを記録し国内各賞を総ナメにした監督作『赤目四十八瀧心中未遂』――。映画製作者・監督荒戸源次郎はそのフィルモグラフィーにおいて、一貫して日本映画の作品性と商品性、及びその上映形態に対する問題提起を続けてきた。05年には国内最高峰の映像・音響設定を備えた映画館・一角座を東京国立博物館内に立ち上げ、様々なタブーを孕む花村萬月原作・大森立嗣監督デビュー作『ゲルマニウムの夜』を8ヶ月の長期にわたり上映した荒戸源次郎が、日本映画の現在に鋭く斬り込む。

“作品性”と“商品性”

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生誕以来、作品性と商品性に大きく引き裂かれている――この点が、映画というメディアの最大の特徴だと思う。そして現在においても、商品性と作品性のどちらかを追求するか、映画製作にはこのふたつの方向があるわけだ。ここ数年、数字の上では洋邦の逆転が言われているが、その実態はどうなのか。TV局主導による商品性の徹底というやり方を否定はしないけれども、映画がすべてそれだけになってしまうと非常に問題がある。TVの視聴率は1%に対し数十万という巨大な数字。だから、その視聴者が劇場に足を運べば凄い動員にはなる。ただそういった映画ばかりになると、劇場がTVの植民地になってしまうからね。それで我々単館系映画の製作者サイドは、作品性追求を大前提とした上で、さらに商品としての成功も目指すわけだ。

私は小学生で萬屋錦之介・東千代之助のチャンバラに熱狂し、そして中学では日活の無国籍アクション、高校生から東映ヤクザ映画の全盛期を体験してきたので、本当は純粋なエンタテインメントをやりたい。ジョン・ウェインの西部劇もリアルタイムで観てたしね。じゃあなんで娯楽映画をやらないかって言うと、答えはごくシンプル。自分が満足いくクオリティで妥協なく娯楽映画をやろうとすると、最低50億円くらいの予算規模が必要になる。それを15億円で作るわけにはいかんのです。全盛期の大映映画なんて、撮影所がない現在の感覚ではとても予算を見積もれない。だから娯楽映画で育ってはきたけれども、自分が製作する場合は逆方向に極端に振ったモノで勝負せざる得ない。

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都市論における映画館

それと、現在爆発的にスクリーン数を増やし、地方から都市部にも進出し始めているシネコンに対しても、個人的には違和感を抱いている。どうもシネコンで映画を観ると地下で食事しているような、非常に味気ない印象が残るんだな。映画館っていうのはある時期までは、都市論で言うところの「悪場所」でもあったわけです。そこは不良少年が暗闇にこっそり身を沈め大人の世界を覗き見るような、背徳的な快楽の場でもあった。それが、ロビーは均質な照明に照らされ、スクリーンはTV映画とハリウッド大作に占拠されているような、小屋自体も番組編成も没個性的なシネコンばかりになってしまったら、問題だと思う。都市にはガラス張りの表通りがあったいいんだけれども、暗い横丁と路地も必要なんだ。死のない生が輝かないように、陰影を欠いた都市空間なんてエロティックじゃない。だから劇場がシネコン化し、TV局の映画が蔓延する傾向への抵抗として、上野の東京国立博物館内にあの一角座と言う映画館を建てたんです。

製作者の意識変革を目指して

一角座は、『赤目四十八瀧心中未遂』で北海道から九州まで全国の小屋を回った経験から構想した。『赤目〜』は単館系の邦画としては例外的に、全国100館規模で上映できたけれども、各劇場の映写環境の実際を見てあまりにひどいと思ったのも確か。だから、スクリーンに対して正確なサイズでクリアに投射された映像に、音が完全にシンクロするという、作り手にとって最低限満足できる上映環境を確保したい、一カ所くらいまともな画と音で観せるノーマルな劇場が基準として必要だ、という想いから一角座という映画館を立ち上げた。

加えて、製作本数ばかり増加した日本映画が何百本と公開待ちする状況に対する提言という意味合いもあった。邦画に窓口を開いているミニシアターは都内でもわずかだけれども、それが地方だとより限られた劇場にオファーが殺到する。モーニングやレイトでも決まればいい方。そういった枠での提案は、『赤目〜』の場合全部お断りしたけれども。その状況を生んでいる最大の原因は、我々単館系の映画製作者が、観せることに対して無自覚過ぎることにある。配給・興行に対して無策のまま作品を製作するから、完成しても上映する劇場がないなんて喜劇が起こるんだ。フィルムは劇場で観客に観られて初めて映画になるんだから、上映を考えないで映画なんて作っちゃいけない。

荒戸源次郎氏プロフィール

80年、『ツィゴイネルワイゼン』を製作。映画と劇場を同時に産み出す“産直映画方式”を提唱し、『陽炎座』(81)『夢二』(91)と続く鈴木清順第2期黄金期をプロデュースする。また『どついたるねん』(89)から『鉄拳』(90)『王手』(91)『トカレフ』(94)まで、阪本順治の初期作品群を製作。03年には『赤目四十八瀧心中未遂』を自ら監督、国内各映画賞を総ナメにした。05年、大森立嗣初監督作『ゲルマニウムの夜』の製作総指揮を執り、東京国立博物館内に一角座を立ち上げた。DVDもジェネオンより続々発売。
詳細は http://www.aratofilm.com/

『ツィゴイネル〜』のエアドームの時もそうだったけど、私は完成してから出口を探すことはありません。私にとっては、フィルム作品を劇場で鑑賞してもらうことが映画製作の第一義。放送やパッケージというニ次使用は、新たに劇場観客を獲得するためのきっかけと捉えている。

しかし、そういった意識が欠落した製作者に対する問題提起という意味も込め一角座を建てたんだけど、映画関係者からはほぼ完全に無視されています。朝日・読売・毎日などの一般紙は『ツィゴイネル〜』や『赤目〜』の時以上に大きく報道してくれた。でも映画に携わっている人間にこそ、あの映写環境と作品内容を観た上で、はっきり賛否を示してもらいたいんだけれどもね。

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