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映画興行対談
映画興行対談

第15回「恋空」

掛尾:
藤原正彦さんが月刊『文藝春秋』12月号で「教養立国ニッポン」という原稿を書いていましたが、おそらくというか、確実に「恋空」はご覧になっていないと思います。ちょっと見ていただきたいですね。つまり、大高さんが指摘するように、今、こういう映画が作られ、多くの若い人たちに受け入れられているということに、識者と言われるような方々は気づいていません。
周到に計算されてこの世界が作られ、それが受け入れられているということですね。東宝やTBSといった映像のプロが、映画の表現、難度をコントロールして、この映画をつくったということが、逆に凄いことだと思いました。この成功が導火線になって、こうした作品ばかりがつくられるようになると、ちょっと怖いですけど。
大高:
しかし、まあ、どうしてもケータイ小説を描くとこうなってしまうんだろうね。
掛尾:
あるテレビ局関係の方とこの映画について話す機会があって、「一瞬だけど、感動したところがあった」と言うんです。改めて思ったのはテレビの人の感覚は我々映画人の感覚と随分違うなと。ぼくは、没入できなくて、ある距離から、こういう世界が若い人を捉えるんだと冷静に、客観的になってしまったのですが、その人はけっこう入り込めていたんですね。
大高:
作品の質で言えば、例えば主演の新垣結衣も全く存在感が薄いですね。というより全くキャラクターづけがされていない。あの人間像では本来は共感を得られるわけがないんですが、そんなことは問題ではないんだろうね。とにかく、何と言っても凄いのが男優の描かれ方ですよ。イケメンでやさしくて強くて、しかも日記に毎日自分のことを書いてくれるなんて‥。ありえないでしょう。いや、ありえるのかな。
女の子から見れば理想的だろうけど、若い男の子たちはあれを観て、「俺もああなりたい」なんて思うのかな(笑)。
掛尾:
若い男の子はどうなんでしょうか。しかし、繰り返しになりますが、この作品がこれほどまでに観客を集めたということは、今年の10大ニュースとして取り上げてもいいのではと思います。
大高:
確かにひとつの“事件”ですよね。
掛尾:
この映画の試写会を50歳台限定でやったらどんな反応が返ってくるか興味深いですね。
大高:
いや、マーケティング担当者だけ集めてやるのもいいかも知れない。よくメーカーがやるじゃないですか。若い子に受けるのはどういう商品かって。「恋空」で考える女子中高生向けマーケティング試写会(笑)。
この作品で象徴的なのはやっぱりレイプシーンですよ。なんでああいう風になってしまったのかは考えさせられましたね。男とのセックスシーンで、新垣結衣の「こんなやさしい痛みは初めてだった」っていうセリフがあるんですが、このセリフに全てが集約されている。すべてが奇麗事なんですよ。
レイプにしても、いつの間にかその悲惨さは消えていってしまうからね。というより、ハナからそれは記号に近いわけだから。でも、ひょっとしたら10年後に、この作品はカルトムービーとして歴史に名を残しているかも知れないという、逆の意味の恐ろしさはありますよ。
掛尾:
僕が思うのは、例えば「恋空」を5人の監督につくってもらったら面白いのではと。青春の恋、レイプ、妊しん、不良、恋人の死といった要素で、それぞれの世界を描いてもらう。
大高:
それは絶対面白い(笑)。三池崇史バージョンとか、石井隆バージョンとか。ドロドロの映画ができそうだ。
掛尾:
何故こういうことを言うかというと、「恋空」現象の毒消しをしたいと思っているんです。つまり「恋空」前、「恋空」後というように、映画の作り方が変わってしまうのではという危惧を感じるからです。中島哲也監督の「下妻物語」、大谷健太郎監督の「NANA」も同じように若い女の子を描いた作品だったけど、作家の主張が読み取れた。
しかし、学生たちの話しの中で、そういう“作家の思い”みたいなものを、最近の観客はウザッタイと感じると言うんですね。そこで「恋空」後はどうなってしまうのだろうかと。作家の映画が成立しなくなるのではと。
大高:
そんなことはないんじゃないかな。映画の世界には常に“新手”が出てきますよ。特に東宝はジャンルが広いからね。この間、あるプロデューサーが「東宝は邦画のデパートだ」って言っていたけど、フジテレビやスタジオジブリのようなブランド品もあれば中島作品や三池作品のような手作りの商品まで、何でも揃えていますから。
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