キネマ旬報映画総合研究所
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映画興行対談
映画興行対談

第11回「明日の記憶」

映画がマーケティングを上回る

大高:
前回の「LIMIT OF LOVE海猿」を、「組織力が結集した映画」と言うならば、「明日の記憶」は「個人の力の映画」だと言えるのではないかと思います。渡辺謙の映画にかける思いの強さが、公式的な映画のマーケティングとは違うものとしてあった気がしました。それが観客にも伝わった。映画というものは、やはり用意周到なマーケティングを超えていく力を持たなくてはいけない。マーケティングを逸脱していく映画が当たっていくことも、映画の面白さであると思います。
掛尾:
それは重要なことですよね。ただ、「個人の思いを注いだ映画がヒットする」ということは、誰がやっても出来るというわけではないので、ある意味稀な企画だったともいえると思います。
大高:
それはやはり、死の渕を見たと皆が知っている渡辺謙がやったから共感を得るわけでしょう。偽物ではないなと、説得力があるわけで。ただ私は、この作品は一般のプロデューサーにとって大きなヒントになるんじゃないかと思っています。「明日の記憶」はそもそも当たる保証のある作品ではないわけですからね。
掛尾:
今は、マーケティング主導の企画が増えているので、主演が誰で原作が何万部でテレビ局がついているのか、という部分でプロデューサーたちが判断し、また会社も、そういうものしか基本的には認めないという流れがありますよね。個人の熱い思いで、そういった保証を乗り越えていく企画は減ってきている。それは企画を決定する立場の人が自分でディシジョンする自信がないということも一方であるのだと思います。
大高:
俳優でも、突出したプロデューサーでもいいんですが、個の力が見えて、その力が映画を動かし、観客を動かしていくという企画は、大きな組織に所属していない一介のプロデューサーにだって作り得るわけですから、本作は参考になるんじゃないかと思います。
掛尾:
さきほど申し上げた「寝ずの番」もそうですし、他にも知名度のある俳優がこういった、自身のこだわりをもった企画で動いた場合なんかは、剥奪戦になるんじゃないですか。
大高:
例えば、三谷幸喜作品の場合は個人と組織の力が一緒になったわけですよね。もし「明日の記憶」をフジテレビで作ったら、もっと凄いことになったかもしれないですよ。60億位行っちゃうかもしれない。
掛尾:
うーん。フジテレビは「星になった少年」のような感動路線はやりましたが、お祭り感がでないのはやってないですよね。渡辺謙の個人パワーが発揮されたかどうか。
大高:
そうですね、確かに東映でやって正解だったか(笑)。
掛尾:
個人の力が前面に見えるという部分でも、東映作品らしいというか。「明日の記憶」は映画の志を持っている作品であり、その志が東映の得意とする年配層観客に訴えかけたんだと思いますね。
大高:
「明日の記憶」のヒットというのは、とても貴重なことだと思います。内容もさることながら、この作品にまつわる一連の動きは、もっと持ち上げた方がいいと思う。ところで、「明日の記憶」も含めて、5月に公開した映画で、「LIMIT OF LOVE 海猿」また洋画の「ダ・ヴィンチ・コード」まで含めて、これだけヒットが出たというのは珍しいですよ。一時の日本映画のどうしようもないどん底の時代から比べたら、現在の邦画作品のヒットは、やはり喜ぶべきことだと思います。
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