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| 掛尾: |
一方、対照的だったのが「HINOKIO」ですね。「HINOKIO」は製作費が四億円くらいということで、夏休みの拡大公開でした。
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| 大高: |
興行収入は公には一億円になっていますが、実際は達してない気もしますね。
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| 掛尾: |
企画は、秋山貴彦監督の子供の頃からの渾身の企画と聞いています。ではそれをどういう風に、誰に見せるのか、という部分が明確ではなかった。「電車男」はOLを中心とした女性層を狙っていましたが、「HINOKIO」は小学生・中学生の子供なのか、ファミリーなのかというところがよく分かりません。「電車男」がオタクというキャラの主人公を扱いながらラブストーリーに仕立て上げたのに対し、この作品はどの観客層に向かって何を伝えたいのか、宣伝を含めてよく見えませんでした。作品をコントロールする姿勢が見えなかったというか……。
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| 大高: |
「HINOKIO」の製作委員会を見ると、関西テレビが一社入っていますが、キー局に比べると、宣伝効果は薄いでしょうね。テレビのメディアを大きく使って具体的に宣伝協力して……ということがないと、単独の宣伝費だけだと厳しい状況があります。そういう意味では「HINOKIO」の製作委員会だと弱かったのかもしれない。あくまでお金を出してくれる企業を、何とか集めましたという感じがします。多いんですよ、委員会メンバーが。十社近く入っていますね。
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| 掛尾: |
ただ、おっしゃる意味は分かるんですけど、そうなると今度は大手出版社と放送局を含んだ製作委員会以外はヒット映画を作れなくなってしまいますよね。雑誌媒体をニ十誌くらい持った大手出版社じゃないと、パブリシティが出ないから。出版社にしても、自分のところの原作の映画化を、できれば東宝や松竹にやってもらいたいと思っている……というように勝ち組同志でやる傾向になってきているんですよ。ただ一方で、そのグループでは出来ない精鋭化された企画が出てくるチャンスもあると思うし、キー局と大手出版社で組成される委員会だけでは、映画の数は足りないわけで、やっぱり「『HINOKIO』は製作委員会が弱かったから駄目でしたね」では片付けられないわけですよ。
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| 大高: |
もちろん、もちろん。ただ、この作品のロボットをどう見せるかというのは、露出量とも関わってくるので、他のテレビ局が絡んでいた場合また違っていたのではないかと。公開が七月九日ですから、夏休み映画ですよね。ターゲットはファミリー、話は子供とロボットの交流。それをどうやって子供たちにアピールしていくのかというときに、あのロボットの大衆訴求力が脆弱すぎたと思います。僕は当初単館でやるのかと思っていたんですよ。ただ、製作費が四、五億かかっていると聞く。では製作規模をなんでその位まで大きくしてしまったのか?そこが問題点だと思います。あの作品は有名子役が出ているわけでもなければ、名だたる俳優が出ているわけでもない。そもそもそんなに大きな企画ではないはずです。
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| 掛尾: |
余談ですが、ある時シネカノンの李さんが「強い映画を作りたい」ということを言っていて、僕はそれを「発信力、訴求力のある映画」と解釈した。つまり「日本人じゃない人が観て伝わる力がある映画」。そのとき「電車男」というのは、東京の極めて高度な個人社会の行き着いた果ての世界なので、あれを海外に持っていってもよく分からないんじゃないかと。一方韓国映画「マラソン」は障害者がフルマラソンを走る話で、あれは世界中何処に行っても感動が共有できるじゃないですか。「マラソン」も公開規模が大きすぎて失敗したと思うけれども。そういった面から「HINOKIO」を考えると、ひきこもりの少年が救済される話ですから題材が悪いとは思えない。やはりアプローチに問題があったのでは。これをもっと感動させる話に仕上げるにはどうすればよかったのか。
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| 大高: |
今、日本人には「非常に進んだ面」と、「遅れている面」の両面があると思うんんです。「マラソン」を見て感動してバンザイする面と、「HINOKIO」のロボットを見て何の関心ももたないというように、両極端な感情が混在しているのでしょう。
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| 掛尾: |
でも関心を持たせられないのは、多分伝える力が弱いんですよね。
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| 大高: |
そうですね。僕は「HINOKIO」の予告編でロボットが出たときに、興ざめしてしまった。その「興ざめする」というのは、私個人の感情なのか世間一般の感情なのか……。
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| 掛尾: |
「HINOKIO」は、おそらくCG技術を使ってロボットを描きたいというのが、一番の目的になっていたのではないか。ドラマのテーマはそのための手段。本来それは逆じゃないといけないわけですよね。
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| 大高: |
決して駄目な企画ではないと思うんだけど、ロボットをひけらかしたヒューマンドラマにまとめた感じがするんですよね。
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| 掛尾: |
「電車男」で、東宝がオタクを描くのではなく「ラブ・ストーリー」にしようというコンセプトを立てたとするならば、「HINOKIO」でも、プロデューサーが「ロボットのCG映画」ではなく、引きこもりの少年を前面に出した「ヒューマンドラマ」に仕上げなければならなかったのだと思います。その時、さきほどから言うように、会社という組織の中で誰がそれを牽引していくかが重要だと思います。
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| 大高: |
まとめてみると、おそらく「HINOKIO」の敗因は、製作委員会のスタイル、企画の訴求力、俳優のインパクトがトータルで弱かった、しかしマーケットだけは大きかった。それらが、すべてマイナスの方向に動いたのではないかな。これは「オペレッタ狸御殿」のように、プロデューサーが覚悟の上でやった、という類の映画ではないですからね。掛尾さんが言うように、やはりプロデューサーが大衆の側を向いた、強靭な映画の背骨を作っていかなくてはならなかったし、作ったのかもしれないけれど、それが作品には反映できていなかったのだと思います。
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第3回 「NANA」 |
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