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| 掛尾: |
今回のテーマは日本映画の復活ということなんですが、好調な日本映画について語ると東宝の強さばかりが目立ってしまいます。そこで、今後の日本映画の可能性について話したいのですが。まず注目したいのは、「大停電の夜に」という作品がアスミック・エースの配給で、この秋松竹系のピカデリー2で公開されます。東宝系、松竹系の劇場に、日本映画が他社の配給で公開されるのは異例です。こういうかたちが続けば、日本映画の製作、配給会社には可能性が広がるでしょう。
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| 大高: |
そうらしいね。初めてだよね、松竹が共同配給ではなくて、自社のマーケットによその作品をかけるのは。今後、東宝は別として、松竹や東映はアスミック・エースの例のように、マーケットを提供していくでしょうね。東映の場合はブロックブッキングも、他社の作品をかけるということなんだけど、製作をどこかの会社に頼むとすると、ギャガあたりが作る邦画をこれから何本か配給していくわけでしょ。「MASK2」などは、その前段階としてやってるわけですよ、「二重スパイ」とか。それでついに邦画が出てくるわけです。それは両者の思惑でしょう。ギャガからすると買い付け値段が高いので、興収15億上がっても「MASK2」にしたってほとんど劇場ではペイしてないわけだから。その点邦画の場合は1億か2億の製作費使って、宣伝費ってだいたい2億円くらいじゃないですか。そうすると総原価5億円以内じゃない。リスクは「MASK2」の比じゃないわけですよ。東映としたら、自社作品が足りない。両社の思惑は一致するでしょ。当たらなければ、ダメだけどね。
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| 掛尾: |
ところで、最近は新しい資金調達の手法としてファンドが注目されています。松竹の「忍」だったり、角川映画の「戦国自衛隊1549」、「妖怪大戦争」などですが、これが、もっと幅広いかたちで映画の製作費としてこれから流れこんできます。シネマ・インベストメント(旧プロデューサー・アカデミア)という会社が行う、中小企業庁10億円、角川基金をはじめとする民間会社から約10億円、合計20億円のインディペンデント・フィルムファンドが始まります。その他にも、多くの資金が映画製作に流れこんできます。そして、様々な企画が机上に上がってきている。アート系からエンターテインメントまで実に様々です。また、多くの異業種の人たちが議論に参加するので、たいへん混乱していると聞きます。玉石混交の企画のなかで、何が玉で何が石かというのは難しいのですが、どう考えても石というのが選ばれたりする。また、ほとんど出口(劇場)が決まっていない。ミニ・チェーンの企画でいえば、シネマライズ、シネクイント、シネセゾン渋谷、シネカノン、テアトル新宿など、あと東宝にお願いしてシャンテやヴァージンシネマなどに出ないと、ほとんど成功していない。でも、そういうところに出る作品はとても限られている。ところが、ファンドではかなり危うい企画が紛れ込んでいる。こういう混乱はしばらく続くと思いますし、こういう混乱期だからこそ、素晴らしい才能が出るチャンスでもある。しかし一方で失敗が続いて熱が冷めてしまうという危惧もあります。多くは内容ではなく、監督、作家の名前で企画が紹介される。投資家、ファイナンサーの中には、企画内容を読み取ることができないメンバーもいますから。
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| 大高: |
作家ではもう売れないでしょ。企画は通って映画は作れるかもしれないけれど、お客さんはなかなか来ないから、やっぱり中身が重要なんだと思う。それから俳優が、やっぱり重要なんだよね。「阿修羅城の瞳」の市川染五郎を見たときに、どういう背景で起用されたか別にして、良くなかった。女性の気持ちをつかまないんだよね、この俳優は。歌舞伎とは別の顔が要求される映画では、染五郎はあまり観客を呼び込めないと思った。だからこの企画にフィットしたどういう俳優がいいのか、その戦術はとても大事になるんだね。
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| 掛尾: |
僕は日本映画産業を応援する立場でいうと、今日本映画は無数に作られているけれども、作ればいいってもんじゃないし、勿論企画をつめなくちゃいけないということもあるけれど、一方で出口になる劇場が重要である、という構造的な問題に行き着くと思う。
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| 大高: |
最初から劇場公開を考えない作品も多いわけじゃない。Vシネみたいのもあるし。単館で公開して、レイトショーで終わりっていうのもあるし。今は、本来は観客である側にいる人が作る側に来てるんだよね。デジタル技術の発達で製作が簡単になったということもあって、本来作らなくていい人までが、作ることができる状況になった。ただ、これは非難しているわけではなく、赤字覚悟でみなさん数多く作っているという状況を僕は好ましく思ってる。昔は企業が製作していたけれど、今は個人レベルに近い製作が数多く行われている時代。昔も映画をたくさん作っていたからね、映画会社が。まさに玉石混淆で。ただひとつ考えるべきは、作った後のことで、見せる努力をしなくてはいけないということ。作った人はいかに見せていくかということまで考えなければいけないと思う。とくにインディー系の人たちにそれを言いたいわけです。
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| 掛尾: |
プロデューサーが興行、出すことまで視野に入れないといけないんですね。これから膨大な数の日本映画が完成してくるわけで、それがすべて成功するとは思えません。むしろ失敗の方が多いでしょう。しかし、多くの作品が作られることで、新たな才能が生みさされる可能性も大きいわけです。ただ、この流れがバブルとして終わるのではなく、しっかりと観客を増やして定着して欲しいと思いますね。
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第2回 「電車男」と「HINOKIO」 |
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