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第1回 日本映画の復活
第1回 日本映画の復活
大高:  シネコンが映画を見るひとつの主流となって、普段映画を見ない人を来させるひとつの装置としての役割をこの10年果たしてきたんだけど、当初は多スクリーンだから、たくさんの数の作品が見られるというのがひとつの特色としてあったわけです。それがいつのころからか、1作品ごとのプリント本数が増えた。つまり、ハリウッド映画の日本語版と外国語字幕版、両バージョン含め、ひとつのサイトに3プリントくらい提供されるようになった。7〜8スクリーンのうち、3スクリーンくらい自分の映画をやってくれみたいな、配給会社の強引な営業展開が始まった。それに伴ってインディペンデント系の会社が扱うような中級の、見るべき価値のあるドラマ性の強いアメリカ映画が、なかなか上映の機会がなくなってくる。じゃぁ、そこでアート系をやれるかっていうとそうでもなく、じゃあ日本映画がたくさん上映されるようになったかっていうと、またそうではなくて。
掛尾:  シネコンは本来ヒット作を効率的に上映する機能だったわけです。多様性を提供するわけではなくて、興行者の効率を追求する機能だった。ところが、そういう装置ではあるけれども、「ピンポン」「木更津キャッツアイ」のような、東京でヒットしても、昔だったら単館で留まっていたような作品が、東京でヒットすることによって全国展開できるようになったというのが、シネコンのひとつのメリットになりました。そのようなメリットによって、アスミック・エース エンタテインメントなどが成功しており、インディペンデントも、厳しい戦いではあるが可能性は増えた。だから「誰も知らない」をはじめ、シネコンを使った中規模配給に可能性が出てきたといえるわけですよね。
大高:  点としてはあると思うんだけど、なかなかそういう流れは簡単なものじゃないよね。今例に挙がったアスミック・エースも、今またちょっと足踏み状態になってきているわけだから。
掛尾:  最近のインディペンデント製作の日本映画で言うと「パッチギ!」があって、「カナリア」は厳しかったけれども、「真夜中の弥次さん喜多さん」も健闘した。こういった作品が今まで以上に地方に出やすくなったのは、やはりシネコンの効果でしょう。
大高:  それは日本映画だけじゃなくて、例えば「ボウリング・フォー・コロンバイン」とか、洋画のアート系の単館拡大の作品もその中に入るわけだね。去年で言うと「ディープ・ブルー」とか。ヒットの裾野が広がったわけだよね。こういうマーケットは、かつてはなかった。単館系のヒット作は、地方の単館をぐるぐるぐるぐる回ってたわけ。東京で興収が1億円あげれば大ヒットになっていた時代で、全国ではその倍くらいいけばよかった。昔でいうと、単館トップの「ニュー・シネマ・パラダイス」が、確かシネスイッチ銀座だけで2億円程度だったけれど、今ならもっと可能性があるわけ。そういう広がり方が、シネコンの出現によって出てきたのは間違いない。
掛尾:  だから、何でもシネコンに出ていけるわけではなくて、やはり観客が支持するであろう作品を作っていかなければいけないわけで。また一方、純粋に単館に絞り込んだ、作り手の思いをぶつけた作品が否定されるわけではないでしょう。しかし、今までなら東宝、東映、松竹で配給されない限り、東京で興収1億円をあげても、全国展開にならなかったのが、シネコンによってその可能性が広がった。まぁ洋画も含めてですけれど。ただ、可能性が広がったとはいえ、大高さんが指摘したように、テレビ局や大手出版社と組んだ邦画3社のシェアは巨大です。2004年でいえば、日本映画全体の興行収入が790億円くらいですが、その内、興行網を持つ東宝、東映、松竹3社の配給作品でシェアが700億円強、約90%弱を3社で占めています。残りの10%強のところに、アスミック・エース、シネカノンをはじめとするインディペンデントがひしめいているわけです。やはり、日本映画の底上げをするなら、この部分のシェアをあげなければならないでしょうね。
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